今日の聖句 2026年6月




6月16日火曜日
ヨハネの手紙一 5:18 新共同訳
  わたしたちは知っています。すべて神から生まれた者は罪を犯しません。神からお生まれになった方が、その人を守ってくださり、悪い者は手を触れることができません。
(黙想)
この手紙で頻繁に出てくる「知っている」という言葉です。知るには、二つのギリシア語があり、一つは体験的に知るギノースコウです。もう一つが、直感的に知っているオイダスです。この箇所はオイダスです。私たちが体験していなくても、直感的に、私たちは悪い者、悪魔から守られているということは知っている内容であります。 一つは、「神から生まれた者はみな罪を犯さない」ということです。罪を犯すのが生活のスタイルになっていないということです。神から生まれており、神の種があるので、罪を犯せないのです。 
次に、「神から生まれた方がその人を守っておられ、悪い者はその人に触れることができない」と言っています。神から生まれた方とは、御子のことです。パウロが、ピシディアのアンティオキアの会堂で、次のように教えています。「使 13:33 神はイエスをよみがえらせ、彼らの子孫である私たちにその約束を成就してくださいました。詩篇の第二篇に、『あなたはわたしの子。わたしが今日、あなたを生んだ』と書かれているとおりです。」よみがえりが、その生まれたという意味です。
(お祈り)    
 天の神さま、あなたのお守りを感謝いたします。夜の暗闇の中にあって眠れることはあなたのお守りの賜物だからです。不安に脅かされていると眠ることもできないのからです。昼間の暑い日の光のなかにあってもいつも守られていることを覚えます。脱水症や熱中症を防ぐことができているからです。神さま、今日もあなたのお守りに委ねて健やかに過ごせるよう助け導いてください。私を守ってくださる 主イエスのお名前によって お祈りをいたします 。アーメン

6月15日月曜日

哀歌 3:31-33 新共同訳
 主は、決して あなたをいつまでも捨て置かれはしない。 主の慈しみは深く 懲らしめても、また憐れんでくださる。 人の子らを苦しめ悩ますことがあっても それが御心なのではない。
(黙想)
神様に全てを任せられないのは赦しを すでに受け取ってるのに、赦されることをどこかで求めているからです。 そこに信頼はないのです 。赦しの先に愛があるのではなく 、愛の中にしか赦しはないのです 。だから赦されることを求めていると神様の愛は分かりません 。自分を信頼するのではなく、神様が愛してくれてることを信頼する時 、赦しを 受け取れます 。そこからしか 全てを委ねる 道は始まらないのです。
(お祈り)
いつくしみ深い 天の神様、あなたは私の力です。 自分の弱さを感じた時 、いつでもあなたに向かって (主よ、助けてください と叫ぶことができるからです 。また、あなたがいつもそばにしてくださるから 私は自分の弱さを不安に感じなくても過ごせています 。実際に 御言葉もあなたの力が私の弱さのうちに完全に現れることを教えています 。あなたの力と私の弱さとは 手袋と手のようにぴったり合っているのですから 、どうか、私がすでに与えられる あなたの力に信頼して自分の弱さを感謝できるようにしてください 。尊い主のお名前によって お祈りします。アーメン

6月14日日曜日
コリントの信徒への手紙二 13:4 新共同訳
 キリストは、弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力によって生きておられるのです。わたしたちもキリストに結ばれた者として弱い者ですが、しかし、あなたがたに対しては、神の力によってキリストと共に生きています。
(黙想)
自分ができることをしようとすると、何もできなくなりますが、 十字架に目を留めて、神様の愛を伝えようとすると 、私たちは力を受けます 。それは、私たちを後ろから手を振って頑張れと送り出してくれるだけの応援ではなく 、三位一体の神様 自らが私たちと共に 犠牲の愛を伝えてくださることを体験するからです 。私たちが神様の愛を伝えようとしている時 、私たちは一人でおりません。 三位一体の神様がともにいてくださるのです。
(お祈り)
恵み 深い 天の神様 、私はもともと人生で何か困難なことがあると後悔したり、 逃げ出したくなったりするところがあります。でも、あなたはそうした問題に、偶然に起きた 失敗などではなくて、私の益となり、 成長を促すための特別な恵みであることを教えてくださいました。 あなたが私の人生において 、許可したことなら、どんな状況も受け入れて 、あなたがそこから恵みを 引き出してくださることを信じられるように助け 導いてください。 問題 自体を恐れるのでなく、 もっと十分に あなたに頼るチャンスとして見ることができるようにしてください。私たちと共にいてくださる 主イエスのお名前によって お祈りいたします。 アーメン


6月13日土曜日
ヨハネによる福音書 11:40-42 新共同訳
 イエスは、「もし信じるなら、神の栄光が見られると、言っておいたではないか」と言われた。 人々が石を取りのけると、イエスは天を仰いで言われた。「父よ、わたしの願いを聞き入れてくださって感謝します。」

(黙想)
イエス様は私たちと共に泣いてくださいます。 ラザロの死を知った イエス様は涙を流されました。 しかし、それは絶望の涙ではありません。 その後に イエス様は ラザロ を生き返らせてくださることを信じます、と 父なる神様に信頼の祈りをしました 。ラザロ を生き返らせたのは父なる神様でした 。イエス様は どん底に沈む 痛みをに寄り添い 、父なる神様は痛みの中のあなたを抱え 、聖霊 なる神があなたを再び立ち上がらせてくださいます。

(お祈り)
天地を造り給いし神様、どうか、私を あなたの愛と喜びと平安で満たしてください。 これらのものは生きて働いておられる あなたの御子から溢れ出る贈り物だからです。私は自分が土の器に過ぎないことはわかっていますが 、あなたが天の宝で満ち溢れるように造ってくださいました。今日一日、あなたと共に歩むとき、私に必要な力をその都度与えてくださることを信じ 、委ねることができるように助け 導いてください 。今日の旅のための体力・ 気力が十分かどうかで悩んで貴重なエネルギーを無駄にすることがないように、私の内におられる 聖霊が、何が起きても 、これ以上にないほど 、十分に対処してくださることを受け入れて、 心安らかに過ごせるようにしてください 。救い主のお名前によってお祈りいたします。アーメン