今日の聖句 2022年10月 nagarenohotori
聖句は新共同訳聖書を使用します。
10月31日(月)
「主はこう言われる。正義と恵みの業を行い、搾取されている者を虐げる者の手から救え。寄留の外国人、孤児、寡婦を苦しめ、虐げてはならない。またこの地で、無実の人の血を流してはならない。」エレミヤ書
22章3 節
聖なる神さま、私たちに奉仕の努めを与えてくださり、感謝します。どうか、あなたの恵みによって与えられた賜物、力を用いて、弱い人を強め、彼らが元気を出すことができるように、この努め(ミニストリー)を励ませてください。
10月30日(日)
激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった。 しかし、イエスは艫の方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」と言った。
イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、「黙れ。静まれ」と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。 イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。」マルコによる福音書
4章37-40節
天の神さま、あなたにあって生かされ守られていますことを感謝いたします。どうか私たちの信仰を揺ぎ無いものにしてください。私たちの教会の信仰の交わりを祝してください。そして、互いに主にあって、信仰の高峯を目指して、励ましあい祈りあう群れとしてください。
10月29日(土)
「神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも神からいただくこの慰めによって、あらゆる苦難の中にある人々を慰めることができます。
キリストの苦しみが満ちあふれてわたしたちにも及んでいるのと同じように、わたしたちの受ける慰めもキリストによって満ちあふれているからです。 」コリントの信徒への手紙二
1章4-5節
天にいます私たちの父なる神さま、今日も新しい歩みを始められることを感謝します。たとえ、この日の歩みの中で、苦しみに遭うことがあっても、あなたの慈愛の豊かさと慰めを知るためであることを学ばさせてください。どうか、私たちも「苦しみに会ったことは、私にとって幸せでした。」と証しできるように導いてください。
10月28日(金)
彼は言った。「すべてのユダよ、エルサレムの住民とヨシャファト王よ、よく聞け。主はあなたたちにこう言われる。『この大軍を前にしても恐れるな。おじけるな。これはあなたたちの戦いではなく、神の戦いである。
明日敵に向かって攻め下れ。見よ、彼らはツィツの坂を上って来る。あなたたちはエルエルの荒れ野の前、谷の出口で彼らに会う。 そのときあなたたちが戦う必要はない。堅く立って、主があなたたちを救うのを見よ。ユダとエルサレムの人々よ、恐れるな。おじけるな。明日敵に向かって出て行け。主が共にいる。』」歴代誌下
20章15-17節
主なる神さま、私たちを救いの道に歩ませてくださるみ恵みを讃えます。私たちを救うために戦ってくださる主のみ名を覚えて崇めます。私たちを恐れないように、強め、励ましててくださる私たちの主に感謝します。どうか、これからも、私たちの敵と戦われる主と共に歩ませてください。
10月27日(木)
「約束してくださったのは真実な方なのですから、公に言い表した希望を揺るがぬようしっかり保ちましょう。 互いに愛と善行に励むように心がけ、 ある人たちの習慣に倣って集会を怠ったりせず、むしろ励まし合いましょう。かの日が近づいているのをあなたがたは知っているのですから、ますます励まし合おうではありませんか。」ヘブライ人への手紙
10章23-25節
愛する天の神さま、信じる心を与えてくださり感謝します。あなたの救いを知ることによって未来に対する希望を持つことが許され感謝します。どうか、信仰と希望のうえに、まことの愛をもって、善行に励む生活を送らせてください。
10月26日(水)
「神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。 御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。」ヨハネによる福音書
3章17-18 節
主なる神さま、あなたが遣わされた御子キリストが救い主であると私が確信できるように、あなたの御旨を信じ、イエス・キリストの内にある永遠の命を、信仰によって受け止めることができますように助け導いてください。
10月25日(火)
「兄弟たち、万一だれかが不注意にも何かの罪に陥ったなら、“霊”に導かれて生きているあなたがたは、そういう人を柔和な心で正しい道に立ち帰らせなさい。あなた自身も誘惑されないように、自分に気をつけなさい。」ガラテヤの信徒への手紙
6章1節
全能の神さま、いつも私に注いでくださるあなたのお導きと愛を感謝いたします。また、弱い私たちを励ましてくれる信仰の兄弟姉妹の存在をありがとうございます。どうか、私が御前で祈る時、ただ自分のことだけを考え、自分のために祈るだけではなく、あなたの助けを必要とするすべての兄妹姉妹のために覚えて祈ることを忠実に行わせてください。
10月24日(月)
「神はおのおのの行いに従ってお報いになります。 すなわち、忍耐強く善を行い、栄光と誉れと不滅のものを求める者には、永遠の命をお与えになり、 反抗心にかられ、真理ではなく不義に従う者には、怒りと憤りをお示しになります。」ローマの信徒への手紙
2章6-8節
天の父なる神さま。私の心を開きあなたが示そうとされる新しい知識の光を喜んで受けるものとしてください。過ぎ去ったことにとらわれることなく、必要な時には心を変える勇気を与えてください。どうか、栄冠を得るために忍耐強く善を行うことに励まさせてください。
10月23日(日)
「御言葉を聞くだけで行わない者がいれば、その人は生まれつきの顔を鏡に映して眺める人に似ています。 鏡に映った自分の姿を眺めても、立ち去ると、それがどのようであったか、すぐに忘れてしまいます。
しかし、自由をもたらす完全な律法を一心に見つめ、これを守る人は、聞いて忘れてしまう人ではなく、行う人です。このような人は、その行いによって幸せになります。」ヤコブの手紙
1章23節24節25 節
恵み深い天の神さま、私たちは忘れやすい存在、ただ聞くだけでは何も残すことができないものです。どうか、みことばを一心に見つめて黙想し、そこで得られたことを実際に実行する習慣を身に付けて、あなたに仕えることができるようにしてください。
10月22日(土)
「こういうわけで、わたしたちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか、
信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。」ヘブライ人への手紙 12章1節2節
主なる神さま、ゴールを目指して進む競技者のように、信仰を持って歩む私たちもまた、主から賜る栄冠を得るために、走っています。どうか、地上での旅路を走り抜くことができるように、強い決意を持たせてください。
10月21日(金)
「息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』 しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。
それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。」ルカによる福音書 15:21-23節
恵み深い天の神さま、まことに自分の罪を認め、悔いる者を、あなたは迎え入れ喜んでくださいます。どうか、あなたが用意してくださる一番良いものを受け取ることができるように、罪を起こしたときには、あなたのもとに立ち帰る勇気を持たせて、新しい歩みを始めさせてください。
10月20日(木)
その日には、あなたは言うであろう。 「主よ、わたしはあなたに感謝します。 あなたはわたしに向かって怒りを燃やされたが その怒りを翻し、わたしを慰められたからです。見よ、わたしを救われる神。
わたしは信頼して、恐れない。 主こそわたしの力、わたしの歌 わたしの救いとなってくださった。」イザヤ書 12章1節2節
全能の神さま、あなたは、いのちを吹き込まれた人を救い出す道を開いてくださいました。なんと素晴らしい、驚くべきことでしょう。どうか、この御業の恩恵にあづかり、私たちも、私の神は救いの神と讃える者にならせてください。
10月19日(水)
イエスは「何をしてほしいか」と言われた。盲人は、「先生、目が見えるようになりたいのです」と言った。そこで、イエスは言われた。「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」盲人は、すぐ見えるようになり、なお道を進まれるイエスに従った。マルコによる福音書10章51節52節
私たちの父である神さま、私たちに見る目を与えてください。見なくて良いものは見えなくなり、見なければならないものがありありと見えるような、正しい目を与えてください。盲人がイエス・キリストに近づいて求めたように、私たちも、キリストの前に進み出る信仰を持たせてください。
10月18日(火)
「驕り高ぶるな、高ぶって語るな。思い上がった言葉を口にしてはならない。主は何事も知っておられる神 人の行いが正されずに済むであろうか。」サムエル記上2章3節
天の神さま、あなたは貧しくみすぼらしい私たちの人生のうちにやどり、あなたの愛と喜びと平和の光によって輝かせ、見えざる世界の美しさを映し出す鏡としてくださいます。どうか、この日、私の生活があなたの臨在の輝きを曇らせることなく、かえってそれを人々の目の前に照り輝かせるものとしてください。
10月17日(月)
「わたしが書くのは新しい掟ではなく、初めからわたしたちが持っていた掟、つまり互いに愛し合うということです。愛とは、御父の掟に従って歩むことであり、この掟とは、あなたがたが始めから聞いてたように、愛に歩むことです。」ヨハネの手紙二 5節6節
主なる神さま、私たちに注がれたあなたの愛を原動力として互いに愛するものとなりますように。どうか、謙虚な心で互いに労り励まし補い合うことができますように。また信仰に支えられ希望を目指しつつあなたを賛美しながら愛するようにしてください。
10月16日(日)
「あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書は私について証しをするものだ。それなのに、あなたたちは、命を得るためにわたしのところへ来ようとしない。」ヨハネ福音書5章39節40節
天の父なる神さま、あなたの御言葉(聖書)を私どもの道のともしび、また、日ごとの糧として与えられていることを心から感謝をいたします。どうか、御言葉を通して、イエス・キリストに近づき、まことの尽きない命を得ることができるようにお導きください。
10月15日(土)
「あなたがたは、キリストと共に復活させられたのですから、上にあるものを求めなさい。そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。上にあるものに心を留め、地上のものに心を引かれないようにしなさい。」コロサイの信徒への手紙3章1節2節3節
天の父なる神さま、私たちは信仰により、キリストと共に生きる喜びを与えられ感謝いたします。どうか、私たちがこの地上の旅路で終わるのではなく、天の国で過ごす日々があることを待ち望みつつ、今日を生きるよう励ましてください。
10月14日(金)
「どうか、御父がその豊かな栄光に従い、その霊により、力を持ってあなたがたの内なる人を強めて、信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように。」エフェソの信徒への手紙3章16節17節
愛なる神さま、御子キリストを私たちの心のうちに住まわせてください。キリストの愛という岩の上に人生を建てる知恵と力とお与えください。人知をはるかに越えたキリストの愛に満たされるようにしてください。私たちの人生がキリストの愛の中で生きがいのある日々を送れるようにしてください。
10月13日(木)
「わたしたちの救い主である神の慈しみと、人間に対する愛とが現れたときに、神は、わたしたちが行った義の業とによってではなく、御自分の憐れみによって、わたしたちを救ってくださいました。この救いは、聖霊によって新しく生まれさせ、新たに造りかえる洗いを通して実現したのです。」テトスへの手紙3章4節5節
イエス・キリストを通して聖霊を豊かに注がれる父なる神さま、私たちを生まれ変わらせて、全く新たなものとされたことを感謝いたします。どうか、今日も、私たちの生活を通して聖霊の実を豊かに結ばせ、救いの喜びを味わさせてください。
10月12日(水)
イエスは町や村を巡って教えながら、エルサレムへ向かって進んでおられた。すると、「主よ、救われる者は少ないのでしょうか」と言う人がいた。イエスは一同に言われた。「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。」ルカの福音書13章22節23節24節25節
天の神さま、あなたの遣わされたイエスさまは、努力して狭い門から入ることを教えておられます。どうか、努力することなくしては、栄光に預かることがないばかりか、元の悪の道に戻って行くことを自覚して、救いの恵みをしっかりと保てるよう、信仰の道に精進することを努め励まさせてください。
10月11日(火)
「神を愛するとは、神の掟を守ることです。神の掟は難しいものではありません。神から生まれた人は皆、世に打ち勝つからです。世に打ち勝つ勝利、それはわたしたちの信仰です。だれが世に打ち勝つか。イエスが神の子であると信じるものではありませんか。」ヨハネの手紙一 5章3節4節5節
天にいます父なる神さま、私たちはこの世で生きるために命を与えられていますが、この世はあなたの意思に反して悪の満ちている世界になっています。どうか、この世にあって、私たちが悪に飲み込まれることなく、それに打ち勝って、神さまから与えられている掟を守ることが出来るように、いつも見守ってください。
10月10日(月)
「何事も、不平や理屈を言わずに行いなさい。そうすれば、とがめられるところのない清い者となり、よこしまな曲がった時代の中で、非のうちない神の子として、世にあって星のように輝き、命の言葉をしっかり保つでしょう。」フィリピの信徒への手紙2章14節15節16節
私たちの王であり主である神さま、天体のすべての星はあなたの御心に従って動いております。私たちもまた全てを御旨に委ねることはできますように。私の心に頭をもたげる利己心から、与えられたものに対する不満から、学ぶことを欲せず仕えることを厭う態度から、神さま、どうか私を解き放って、私の魂をあなたの見守りに委ねさせてください。
10月9日(日)
「わたしたちの宣教は、迷いや不純な動機に基づくものでも、また、ごまかしによるものでもありません。わたしは神に認められ、福音を委ねられているからこそ、このように語っています。人に喜ばれるためではなく、わたしたちの心を吟味される神に喜んでいただくためです。」テサロニケ信徒への手紙一、2章の3節4節
憐れみ深い神さま、あなたの愛の光が私の魂の隠れた隅々をさし貫き、私のうちにある闇を滅ぼしますように。どうか、自分の思いではなく、あなたの思いに心を寄せて福音を表すことできるように、また、自分にはできないことを人に求めることがないように導いてください。
10月8日(土)
「(わたしたちは)敵であったときさえ、御子の死によって神と和解させていただいたのであれば、和解させていただいた今は、御子の命によって救われるのはなおさらです。それだけでなく、わたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちは神を誇りとしています。今やこのキリストを通して和解させていただいたからです。」ローマの信徒への手紙5章10節11節
父なる神さま、御子キリストによって、あなたとの関係が正され、豊かな恵みにあずかることが許されているゆえに、私はあなたの御業を讃えます。あなたの栄光のために、どうか、私を清めて聖なる働きを行わせてください。
10月7日(金)
「主は、わたしたちのために死なれましたが、それはわたしたちが、目覚めていても眠っていても、主と共に生きるようになるためです。ですから、あなたがたは、現にそうしているように、励まし合い、お互いの向上に心がけなさい。」テサロニケの信徒への手紙第一5章10節11節
主なる神さま、天に挙げられた御子イエスは、再び、私たちのところに来られると約束しておられます。どうか、その日を待ち望む私たち、互いに励まし合って、輝かしい主にお会いできるように努めさせてください。
10月6日(木))
「知恵ある者はこれらのことをわきまえよ。わきまえある者はそれを悟れ。主の道は正しい。神に従う者はその道に歩み、神に背く者はその道につまずく。」ホセア書14章10節
恵み深い天の神さま、あなたの憐れみにより、御旨を悟らせてくださり感謝いたします。私たちはしばしばつまづくことがあります。どうか、つまづいて嘆くのではなく、その出来事を誤りや落ち度を正す機会にするとともに、御旨の導きに従って歩んでいるか見直すことができますように、お導きください。
10月5日(水)
「天におられるわたしたちの父よ、御名が崇められますように。御国が来ますように。御心が行われますように、天におけるように地の上にも。」マタイ福音書6章9節10節
天の父なる神さま、御心が行われますように。この創造された世界において救いと贖いというあなたのご意思があまねく広がりますように。また神の業として全ての人々やあらゆるものを共に包み育んでいくものとなりますように。御名によってお願いいたします。
10月4日(火)
「あなたたちの神、主は神々の中の神、主なる者の中の主、偉大にして勇ましく畏るべき神、人を偏りみず、賄賂を取ることもせず、孤児と寡婦の権利を守り、寄留者を愛して食物と衣服を与えられる。あなたたちは寄留者を愛しなさい。」申命記10章17節18節19節きりすも
主なる神さま、あなたの大いなる深い愛を讃え、あなたの愛が、特に弱い存在に注がれていることを感謝いたします。キリストも、いと小さき者に食物、飲み物を与える者の幸いを教えています。どうか、主であるあなたに愛された者として、私たちも、弱い者を守り、助けを求める人々に愛を示すことができるように整えてください。
10月3日(日)
「災いだ、土の器のかけらにすぎないのに 自分の造り主と争う者は。粘度が陶工に言うだろうか 『何をしてるのか あなたの作ったものに取っ手がない』などと。イザヤ書45章9節
天地の造り主なる神さま、あなたの創造の業はすべて良く、欠けるところの無いものです。どうか、私たちがあなたの目的を知って、その目的にかなう生き方を行うことを成し遂げることができるようにしてください。
10月2日(日)
「イエスは、一同に言われた。『どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい。有り余るほどの物を持っていても、人の命は財産によってどうすることもできないからである。』」ルカによる福音書12章15節
主なる神さま、目の前にご馳走が並べられると、あれもこれも、お腹がいっぱいになっても食べてしまう私たちは、後で苦しんて過ごすことがしばしばあります。どうか、節度ある過ごし方を身につけて、与えられた命を縮めることがないように、私たちの日常の生活を導いてください。
10月1日(土)
「キリストは、十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。わたしたちが、罪に対して死んで、義によって生きるようになるためです。そのお受けになった傷によって、あなたがたはいやされました。」ペテロの手紙第12章24節
義なる天の神さま、清く正しく生きることを、私たちは願っています。その願いをかなえるために、私たちが苦しむのではなく、キリスが身代わりになられたことを感謝いたします。どうか、清い人生を、キリストにあって、しっかりと歩む者にならせてください
9月30日(金)
「どうか、主があなたを助けて 足がよろめかないようにし まどろむことなく見守ってくださるように。見よ、イスラエルを見守る方は まどろむことなく、眠ることもない。主はあなたを見守る方 あなたを覆う陰、あなたの右にいます方。」詩篇121篇3節4節5節
天の神さま、私たちはあなたに創られたものであり、命の息吹を吹き入れられたものにして、生かされているものであり、いつも、どこでも、私たちを見守ってくださっています。どうか、あなたの見守りに、今日もこれからも、私たちの歩みを委ねて進むことができるようにしてください。