今日の聖句    ながれのほとり



10月15日木曜 エレミヤ書 17:14

“主よ、あなたがいやしてくださるなら わたしはいやされます。 あなたが救ってくださるなら わたしは救われます。 あなたをこそ、わたしはたたえます。”

(黙想)
エレミヤには、ユダの罪を見ることによって受けた傷、また彼らから迫害され、あざけりを受けていることによって生じた傷があります。それを癒してください、また迫害から救ってくださいと祈っています。 エレミヤは、「あなたが癒し、救われるのであれば、私はそうなる」と言っています。主のみが自分を立ち上がらせることができる、という信仰です。

(お祈り)
めぐみ 深い 天の父なる神様、私は今日も助けと慰めと心のふれあいを求めて あなたを仰ぎ見たいと思います。 あなたがいつも私の隣にいてくださるからです。 私に慰めが必要な時、あなたは愛を込めて抱きしめてくださり、 私が慰められるだけでなく 、私を通して他の人たちをも慰められることを覚えます。どうか、人生において、大きくて深い喪失を経験しても、あなたから私を引き離すことはできない優しい 慰めを与えてください 。あなたがおられることを心から感謝いたします 。アーメン


10月14日水曜  詩編 97:10-11
  
“主を愛する人は悪を憎む。 主の慈しみに生きる人の魂を主は守り 神に逆らう者の手から助け出してくださる。 神に従う人のためには光を 心のまっすぐな人のためには喜びを 種蒔いてくださる。”

(黙想)
聖徒たちへの呼びかけです。「悪を憎め」です。私たちが罪を犯しそうになっている時、誘惑を受けている時、心に留めていくべき言葉です。怒り、これを憎んで退けてましょう。憎悪、これを悪とみなして、憎んで退けましょう。不安、これも悪です。憎んで退けましょう。 そうしたら、主が私たちの命を守ってくださいます。悪者どもの手から救い出してくださいます。

(お祈り)
天の神様、私を創造する時に、天の国を前もって 垣間見ることができる力を与えてくださったことを感謝します 。あなたに心を集中する時 、あなたと共に 天上で座につく喜びを味わうことができるからです。 この世界は私の思いを引きずり下ろし、堕落させようと動いています 。こうしたものに直面するとき 、善悪を見分けて自分を守る力を与えてください。どうか、 悩み 惑いたくなる誘惑に抵抗できるよう助け 導いてください 。あなたの御子の力強い お名前によって お祈りします。アーメン


10月13日火曜
ルカによる福音書 5:27-28

“その後、イエスは出て行って、レビという徴税人が収税所に座っているのを見て、「わたしに従いなさい」と言われた。 彼は何もかも捨てて立ち上がり、イエスに従った。 ”

(黙想)
レビとはマタイのことです。彼も、ペテロやヨハネたちと同じように、イエスの行われたわざを見聞きしていました。そして、そのイエスが彼に個人的に目を留めてくださいました。取税人は汚い職業と考えられていましたが、イエスはいっしょに付いて来るように言われました。どのような不利に見える状況があっても、それがイエスにお従いしない理由とはならないことが、ここからわかります。いや、むしろ、不利な状況であると認めることができる人に、イエスに従う資格があるのです。 (するとレビは、何もかも捨てて立ち上がり、イエスに従った。)  すわっているところから立ち上がりました。私たちが今、人生の中ですわっているところから、立ち上がることができるでしょうか。

(お祈り)
天の神さま、私たちを起き上がるように呼びかけくださりありがとうございます。その呼びかけがなければ、ずっと座ったままで、何も行うことができませんでした。名前を呼んでくださったことにより、自分が何ものなのか分かりました。御子イエスは、私たちが何者であるか、何をすべきか、座り込んでいる私たちを見て、声をかけ、立ち上がらせてくださっています。どうか、この呼びかけ主であるお方とともに、今日と言う日を共に歩ませてください。主に伴われる一日とならせてください。主のお名前によって祈ります。アーメン


10月12日月曜
ルカによる福音書 1:49-50 

“力ある方が、 わたしに偉大なことをなさいましたから。 その御名は尊く、 その憐れみは代々に限りなく、 主を畏れる者に及びます。”

(黙想)
マリアは、神を「力ある方」として表現しています。処女に子を宿らせたのですから、力強いのです。そして、マリアが今、主をほめたたえているのは、神の大きなみわざに基づくものでした。ここから、私たちは賛美について大事なことを学びます。賛美は、私たちが神の注意を引き寄せて、神に祝福してもらうための手段ではありません。たくさん賛美したら祝福される、というものではありません。賛美は、神がすでに良いことをしてくださったことを思って、自然に発生してくるものなのです。神がこんなに大きなことを私の生活にしてくださった。神がこんなに良くしてくださった。そう考えていると、このマリアのように、たましいから、霊から、神をほめたたえるようになります。

(お祈り)
天の神様 あなたの働きのために、私たちをを用いてくださって 力あることを成し遂げてくださったことを覚えて感謝いたします。 あなたの働きは途絶えることなく、続けられています。 どうか、委ねられる働きを、私たちが担ことができるように整えてください。パウロは“何事も、不平や理屈を言わずに行いなさい。 ”
(フィリピの手紙 2:14 )と教えています。神様、あなたの働きがあらわされますように、妨げるものがないように、今日も力強く祈らせてください。アーメン





10月11日日曜
ヨハネによる福音書 10:10

“盗人が来るのは、盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。 ”

(黙想)
イエスはご自分の足りなさを 私たちによって満たたそうと なさるのではありません 。すでに空っぽになっている 私たちから、さらに力や 援助を得る必要など 、イエスには全くありません 。イエスはすでに十分に満たされ 、それ以上に溢れてさえいるのです 。ご自身の内に命が溢れ出ているからこそ、私たちに与えられるのです 。私たちから得たり、私たちを利用するのではなく 、私たちを 完全に補ってくださるのです。

(お祈り )
主なる神さま、私は、神の子 キリストを、恐れずに望みを持って 受け入れます。だから、キリストよ、 私が健やかに生きていくために、なすべきことを示してください。 私を生きていく意味のある場へと伴ってください。どうか、生き生き と生きて行かれるように、私に力を与えてください 。アーメン





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