流れのほとり
 
             発行: 流 れ の ほ と り 
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 2024年  4月 3日   №363         主筆・牧師   竹谷 敏朗


「ソロモン」
                                           神言修道会司祭  竹谷 基

「何を食べ、 何を飲もうかと、自分の生命のことを思い煩うな。・・・ 空の鳥を見よ 。蒔くことも 刈ることも、集めて 倉に入れることもしない 。しかも汝 らの 天の父がこれを養いたもう。・・・また着る物について、何故 思い煩うのか 。野の百合がいかにして育つかをよく学べ。 労苦 せず、紡ぐこともしない。汝 らに言う、 栄光を極めた ソロモンでさえこの花の一つほどにも身を装うことをしなかった 。(マタイ田川 訳)
 風薫る 季節も瞬く間にすぎて行きました。 残念ながら今年はきな臭くなりました。 大自然は人間の生活に潤いを与えてくれますが、 人間は 蛮行を繰り返すのみなのでしょうか 。約2千年前に生きた ナザレのイエスは 冒頭の言葉を残しました 。彼の生地 パレスティナのガリア 地方は 有史 以来 、何度も 大国から侵略され続けました。 イエス 生存時はローマ帝国の支配下にありました。 その前はアレキサンダー大王 、ペルシャ、 バビロニア、 アッシリア帝国と遡ります。 その理由の第一はガリラヤがパレスチナ 唯一の雨の降る 大穀倉地帯だったからです。 従って、帝国とエルサレムの支配者からの圧政下ガリラヤの民衆は奴隷状態 、飢と病気 、負債と律法に圧し潰されていました、 そんなガリラヤにあって イエスは上記の言葉を発したのです 。奇妙ではないでしょうか 。イエスの眼前飢えと病気でバタバタと倒れる人々のいるにもかかわらず 、そんな発言が飛び出すのは。しかし 、同時にイエスに映る ガリラヤの大自然は圧倒的 恵みを与えているのです 。つまり、 十分な恵みが与えられているのに、飢えた人々を生み出している 一握りの強欲な人間たちへの怒りを含んだ 発言 なのではないでしょうか。

 さて 、そのイエスの言葉に「 ソロモン」の名前があります 。ソロモンは古代イスラエル王国の二代目の王になったと言われます 。(参照:列王記上1〜11章 )彼は知恵に恵まれ (大岡裁きに似た逸話があります )、エジプトやメソポタミアの大国の衰退の間際をぬい官僚制と軍事力の増大により イスラエルの版図を広げて 帝国とし、大宮殿 、大神殿の建立、 富と繁栄をもたらし、 世界中からその知恵を求めに訪れたと聖書は 記しています。 しかし、その光の面と対照的な闇の面をも記しています。即ち、 ソロモン王はイスラエルの神 ヤハウェ に背き異国の神 バアルに膝を屈め礼拝したと言う。ヤハウエ神は『人は平等である 』を最高の価値とし人はその指針に従うとヤハウエに約束しました 。何故なら、 古代イスラエルの人の 祖先 ヘブライの民は王政の奴隷として生きられなかった難民たちでした 。やがて彼らはパレスチナへ 進入し 定着し、神 ヤハウエを旗印に自由で平等な部族連合体を結成したのでした 。パレスチナは99% パール 宗教でした 。バールの神は「豊かさ 」「力」を 価値とし、 95%の下層民は奴隷にされていました。 富と権力を求めた ソロモンは王位を異母兄弟たちの 皆殺しによって手に入れ、この世の栄華を極めたのでした 。元々ヘブライの旅は奴隷としての苦しみを体験していたため 、人が従うのは「王」ではなく 「神ヤハウエ」のみであると確信から王政には批判的でした。(参照: サムエル記上8・10〜18)が、他国からの 度々の侵略に民の命と財産を守るため 、ついにやむなく 常備軍を持つ 王政に移行しました。 案の定 、ソロモン 以下 歴代の王たちは民を奴隷にしたのです。

 イエスは栄華を極めた ソロモンではなく、神の下では空の鳥 、野の百合は 養われ、装われる神の慈しみに 驚嘆しています。いと小さき 命を大切にされる 神の計らいに感謝し人は応えて生きるべきではないかと権力者たちに回心を勧めたのでした 。神は互いが生かし合うようにと 秩序を創られました。人間は、野の鳥 、野の百合と互いに生かし 生かされる世界を保護し 管理する使命を神から与えられました 。(参照: 創世記2章) 他方、 ソロモンは 力ずくで富、食糧 を独占し、民の飢えの上に栄華を手に入れたのでした。イエスは言います、「 あなた達にあって大きい者となりたいものはあなた達に仕える者となり 、あなた達にあって 第一者となりたいものは万人の奴隷となるがよい。」(参照: マルコ 10・42〜45 田川訳)
現在の世界の指導者たちがその イエスの言葉に耳を傾けるなら風薫る季節を楽しめるのではないだろうか 。

  
(本稿は2022年6月に表されたものです。)


もっちゃん「天国に行く」

 主の御名を崇めます。いつもお祈りをいただき感謝いたします。神言修道会司祭の竹谷 基(私の弟、もっちゃん)が3月23日 天に召されました。いつでも危篤状態と聞かされ、3月17日、妹たちと面会に行きました。その時は状態が良く起き上がって会   話することができました。翌日から、昏睡状態になり、土曜日の23日の早朝に息を引き取ったとの電話を受けました。弟は昨年(2023年)の春に、大腸がんのため、余命半年との告知を受け、イースターの日曜日の務めを果たし、任地の教会を辞して多治見修道院内の居住館にて療養をしていました。ほぼ一年、がんの苦しみに耐えてきましたが、それから開放されて、穏やかな顔で眠っていると聞き、神様のお取り扱いに感謝しています。
 弟は、12月25日基督(キリスト)の誕生日に生まれ、基督の基を取って、基(もとい)と名付けられ、キリストに従って、神と神の造られた世界のために尽くす者になるように祈られています。その祈りに応えて、15歳の時に修道院に入会し、修道院から高校・大学と進み、そののち司祭への教育修練の道へと進んでいます。
この3月17日に司祭叙階40周年を迎えたところでした。

弟は神言修道会の会員であるため、葬儀告別式は神言修道会葬として3月25日多治見修道院大聖堂にて営まれました。美しい聖堂で温もりのある葬儀を、およそ200名の方々に見守られて営まれ、神様の御栄を仰ぎ見ることができています。
 もっちゃんは亡くなる5日前に、付き添って見守っていてくださっている方に「わたしは天国に行きます」と語っていたと聞きました。神さまがその言葉を取り上げてくださって天国に招いてくださったことを思い、感謝の祈りを捧げています。

グレゴリオ 竹谷 基  略歴
  1954.12.25   愛知県に生まれる 1977.03,07  初請願宣立 1983.03.01  終生請願宣立 
  1984.03,17  司祭叙階
  1984-1986    秋田教会助任司祭     1986-1989   長崎西教会助任司祭  1989-1990   名古屋南山教会助任司祭
  1990-2002   名古屋教区福信館専従スタッフ   2002-2006  岐阜多治見教会助任司祭    
  2006-2007   名古屋平針教会主任司祭  2007-2014   愛知東海教会主任司祭  
  2014-2017   岐阜多治見教会主任司祭     2017-2023   愛知半田教会主任司祭
  2024.03.23   帰天
(69歳)

 ※弟は司祭職とともに、福信館館長として(ホームレスへの炊き出し活動、ダルクの後援などの活動)をライフワークとして取り組んでいました。
 


3月31日 イースターおめでとうございます。主イエスさまは罪と死を滅ぼし、栄光のうちに復活され、永遠のいのちの門を開いてくださいました。主イエスさまの復活は、信じるわたしたちにも永遠のいのちに預からせてくださいます。ハレルヤ アーメン


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