今日の聖句 2025年4月 nagarenohotori
聖句は基本的には新共同訳聖書を使用しています。
4月3日木曜日
イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、「黙れ。静まれ」と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。 マルコによる福音書 4:39
新しい朝がやってきました。 人生は船で航海をするようなものです 。順調に動いている時もありますが、 嵐になることもあります。私たちは必死に船を漕ぎ続け、船が沈む
ことを防ごうとします。 そんな時、 私たちの船にイエス様が乗っておられることを思い出しましょう。 彼は、恐れる 私たちを叱り、 勇気を与えてくださいます。
忘れないでください。神様があなたに与えられた 働きを、あなたが成し遂げるまで あなたの船は決して沈むことがないことを。 イエス様が乗っている私たちの船は決して沈むことがないのです。
(祈り)
天の神さま、今日まで守られて、新しい船出のときを、喜びながら、迎えています。どうか、共に船出してくださる御子イエスさまの存在を覚えて過ごすことができますように。どんなことが起きても、うろたえることなく、恐れることなく、あなたがイエスさまとともにいる私たちを守ってくださると信じて、成すべき務めを果たさせてください。
4月2日水曜日
「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。 自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る。
」ヨハネによる福音書 12:24-25
ベツサイダは、異邦人が多くいる地域です。異邦人がイエスのところに来ることは、とても勇気のいることでした。そこで、異邦人のことをよく理解してくれるかもしれないフィリポに、お願いしたのです。フィリポは行ってアンデレに話し、アンデレとフィリポとは行って、イエスに話しをしたのです。
すると、イエスは彼らに答えました。それが24節です。 イエスは、ご自分への関心が、ユダヤ人だけではなくギリシヤ人にも及んだことを知って、神の栄光の時が来たことを知ったのです。 けれども、本当の栄光は、キリストが死なれてからでないと現れません。イエスが死ななければ、救いが異邦人に及ばないからです。そこで、イエスは、死んでしまう一粒の種の話をされているのです。イエスが死ななければ、イエスご自身は生きるが、他の人々はみな滅んでしまう。けれども、イエスが死ねば、多くの人が救いを受けるということです。ですから、ギリシヤ人がイエスのところに来たとき、この十字架によって、あなたがたは救いにあずかることができるのだよ、と言っているのです。
(祈り)
天にいます私たちの神さま、あなたの独り子イエスさまの存在をほめたたえます。彼は多くの人の救いのために自らを犠牲にしました。この一人の死によって、すべての国の人が滅びないでいのちを得る道が開かれています。神さま、どうか、救われる者が一人でも多く現れますように、特に私たちの家族が救いの恵みに預かることができますように、また、大きな地震によって被害を受けた方々に、あなたの慰めと励ましが与えられますように、尊い主イエスのお名前によって祈ります。
4月1日火曜日
「種を蒔く人に種を与え、パンを糧としてお与えになる方は、あなたがたに種を与えて、それを増やし、あなたがたの慈しみが結ぶ実を成長させてくださいます。
」 コリントの信徒への手紙二 9:10
ここでパウロは、与えることに伴う霊的側面について話しています。与えることによって物質的に与えられるだけなく、霊的祝福をもたらすと。
イエスさまは、「天に宝をたくわえなさい。」と言われましたが、分け与えることによって、人は義の実をまし加えることになるのです。
そして、分け与えることは神への感謝を生み出します。なぜなら、この奉仕のわざは、聖徒たちの必要を十分に満たすばかりでなく、満ちあふれるようになるからです。 コリントの人たちがささげることによって、パウロを初めとする教会の使者たちに、神への感謝が心に芽生えます。この感謝が、物質的な金銭にもまして、尊い霊的財産となったのです。
(祈り)
天の父なる神さま、あなたは、日々の糧を備え、私たちに生きる力を与えておられます。なんと感謝なことでしょう。どうか、この気持ちを持って、私たちを分け与える者にならせてください。御子イエスさまは「受けるより与える方が幸いであると」と教えておられます。主よ、与えることを通して、あなたの祝福に預かることをかなえてください。主のお名前によって祈ります。
3月31日月曜日
「ごらん、冬は去り、雨の季節は終った。 花は地に咲きいで、小鳥の歌うときが来た。 この里にも山鳩の声が聞こえる。 いちじくの実は熟し、ぶどうの花は香る。
恋人よ、美しいひとよ さあ、立って出ておいで。」 雅歌 2:11-13
桜の季節がやってきました 。冬の寒さを通り 、春になって花咲くこの木を見ながら、私たちは神様の恵みを思うことができます 。人が 顧みることもない
冬枯れの時も、 この中に 命を注ぎ続けてくださる 神様がおられました 。今 暖かくなって、その命の喜びが満ち溢れているのです。私たちにも、人生の冬とも言うべき時があります。
人に忘れられていると思うような時 、神様は人の知らない方法で、その中に 命を注ぎ、 喜びの備えをしてくださっているのです。 そして時が来ると
、呼びかけてくださいます。「恋人よ、美しい人よ さあ、立って出ておいで」と。 神様が悲しみの時を終わらせ 喜びの時を作られるのです。
(祈り)
命の源 なる 天の神様、 人生の冬を乗り越えて、私たちに共に喜ぶ時を備えてくださる恵みを讃えます。あなたはイエス様を私たちのところに遣わし、
十字架の苦しみに合わせておられます。 しかし、 イエス様は死の淵から起き上がって、私たちのところにその姿を現してくださいました。 死者の中から
イエス様を呼び起こされた あなたが、私たちをも呼んでくださいます 。どうか、 神様の造られた世界で美しく 花を実らせることができるように、私たちの歩みを今日も豊かに導いてください。主イエス様の名前によって
お祈りいたします。
今日の聖句2025年2月度
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